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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7550号 判決 1961年10月17日

原告(各反訴被告) 田部幸雄

右訴訟代理人弁護士 加藤晃

同 岡和男

被告 さくら商事株式会社

右代表者代表取締役 坂井広隆

被告(昭和三五年(ワ)第二七七号事件反訴原告) 坂井広隆

被告(昭和三五年(ワ)第二七七六号事件反訴原告) 坂井スヱノ

同(同反訴原告) 坂井房利

右被告及び反訴原告等訴訟代理人弁護士 平泉小太郎

主文

1、さくら商事株式会社及び坂井広隆は各自田部幸雄に対し金四五〇万円及び内金一〇〇万円につき昭和三三年一月一日以降完済に至るまで年一割の割合による金員、内金三五〇万円につき同日以降完済に至るまで年一割五分の割合による金員の支払をせよ。

2、田部幸雄は坂井スヱノ及び坂井房利に対し左記宅地建物につき横浜地方法務局鎌倉出張所昭和二九年一二月一一日受付第四九三〇号をもつてされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

鎌倉市小町字小町口三四〇番

一、宅地二一五坪

同所同番

家屋番号小町第四二三番

一、木造瓦葺二階家店舗一棟

建坪五〇坪四合一勺

外二階 一三坪七合五勺

附属

一、木造瓦葺平家物置

建坪二坪八合三勺

3、田部幸雄の坂井スヱノ及び坂井房利に対する本訴請求は棄却する。

4、坂井広隆の田部幸雄に対する反訴請求は棄却する。

5、訴訟費用のうち田部幸雄と坂井スヱノ及び坂井房利との間に生じた分は田部幸雄の負担とし、その余の分はさくら商事株式会社及び坂井広隆の負担とする。

6、この判決のうち第一項は、田部幸雄において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、本件金員貸借の成否について。

(一)  田部幸雄がさくら商事株式会社に対し、利息の点は別として弁済期限を定めず田部の主張するとおり前後六回にわたり合計金四五〇万円(以下「本件貸金」という。)を貸与したことは、さくら商事及び坂井広隆の認めて争わないところであり、坂井スヱノ及び坂井房利の両名に対する関係においても、前記争のない事実と証人谷永太郎の証言及び田部幸雄本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。

(二)  そこで、本件貸金の利息の約定について考えてみると、さくら商事及び坂井広隆はさくら商事が田部幸雄に対して別紙第一表のとおりの金員を支払つたと主張し、その弁済金額を検討するときは、貸金の額が増す毎に一定の比率で増しており、昭和三〇年四月までの月々の弁済額は正に貸金額の五分の割合となつている。この事実に田部幸雄本人尋問の結果を考えあわせると、約定利息の割合は月五分であると認めるのが相当である。

さくら商事及び坂井広隆は利息について明示の約定はなかつたが暗黙に日歩四銭五厘と定められたと主張するけれども、この点に関する坂井広隆本人尋問の結果は合理性を欠くので採用し難く、証人谷永太郎の証言によつてはこれを認めるのに不十分であり、他にこの主張事実を認めて前段認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、連帯保証契約並びに担保権設定契約の成否について。

(一)  坂井広隆関係。

1、次の宅地建物(以下「五反田の宅地建物」という。)が坂井広隆の所有であり、これに田部幸雄を権利者とした左記(イ)(ロ)(ハ)の三個の登記(その登記原因は広隆主張のとおり)が存在することは、田部幸雄と坂井広隆との間に争がない。

東京都品川区五反田六丁目四五九番ノ三

一、宅地 四二坪九合二勺

同所同番

家屋番号 同町二八三番

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪 二五坪二合五勺

外二階 一一坪七合五勺

(イ)(いわゆる一番抵当として)

東京法務局品川出張所昭和三一年六月一二日受付第一〇、四四〇号根抵当権設定登記(極度額金一〇〇万円)

(ロ)  同出張所同日受付第一〇、四四一号所有権移転請求権保全仮登記

(ハ)  (いわゆる二番抵当として)

同出張所昭和三二年六月三日受付第一〇五五六号根抵当権設定登記(極度額金一〇〇万円)

2、成立に争のない甲第一号証から第三号証まで、同第六号証から第一一号証まで、乙第一号証の一、二、三、同第二、三号証の各一、二、坂井広隆本人尋問の結果及び証人谷永太郎の証言の各一部に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

さくら商事は坂井広隆を社長、谷永太郎を専務取締役とし、この両名が実権を握つている会社であるが、昭和二八、九年頃資金難におちいり、東京相互銀行から、ようやくのことで金一、〇〇〇万円の融資を受けられることになつたが、当時同銀行渋谷支店に勤務していた田部幸雄にも個人的に金借を依頼し、同人も自己資金がないので、他から集めて同会社に融資を開始した。そこで、広隆は昭和二九年五月一日自己の現に居住している五反田の宅地建物を担保に供して、その権利証、広隆の白紙委任状、及び印鑑証明書を幸雄に交付した。しかし登記することは見合せておくという約束で印鑑証明書も三ヵ月毎に書き替えていた。又貸借の行われる都度貸金相当額の約束手形が振り出され、三〇日又は六〇日毎に書き替が行われてきた。ところが、さくら商事には元本返済の見込がないので、幸雄から広隆に対し抵当権設定等の登記をすることを申し入れ、その了解のもとに、前記のとおり当初から預つていた権利証その他を用いて昭和三一年六月一二日司法書士に依頼して五反田の宅地建物につき極度額金一〇〇万円の根抵当権設定登記と所有権移転請求権保全の仮登記をした。これよりさき、本件貸借については谷永太郎の所有するアパートに金一〇〇万円の抵当権設定登記をしてあつたが、同人から営業資金調達の為に他へ売却したのでこの登記を抹消してその代りに五反田の宅地建物について二番抵当権を設定しようとの申出があり、広隆及び幸雄もこれに同意したので、昭和三二年六月三日前記抵当権設定登記を抹消し、同日五反田の宅地建物について極度額金一〇〇万円の根抵当権設定登記をすませた。

以上の認定に反する乙第四、五号証、証人谷の証言及び坂井広隆本人尋問の結果の各一部は信用し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

以上に認定した事実からみれば、広隆は本件貸金に対し単なる物上保証人となつたとみるよりは連帯保証人となつたと解するのが相当であり、又前記(イ)(ロ)の各登記によつて担保される債権は、本件貸金の内金であると認めるのが相当である。

(二) 坂井スヱノ、同房利関係

1、主文第三項掲記の宅地建物(以下「鎌倉の宅地建物」という。)が亡坂井房吉の所有であり、これに田部幸雄を抵当権者とする主文同項記載のとおりの登記が存在すること、その登記原因がスヱノ及び房利の主張するとおりであること、房吉が昭和三三年五月二七日死亡し、同人の妻である坂井スヱノ、非嫡出子である坂井房利の両名が共同相続し、鎌倉の宅地建物が現在両名の共有となつていることはいずれも当事者間に争いがない。

2、そして、証人谷永太郎の証言と弁論の全趣旨によれば、坂井房吉はさくら商事の取締役の一員ではあつたが、これは名目的なものに過ぎず、ただ房吉が文盲である上房利が不良徒輩の仲間入りをしていて家庭内のあつれき等があつたので、その親戚である谷永太郎が房吉から鎌倉の宅地建物の保管をまかされ、実印までも預かつていたところ、さくら商事が田部幸雄から金借するに際して永太郎は房吉の承諾も得ないのに勝手に保管中の権利証等を利用して本件貸金中の金五〇万円の担保に入れる約束をして、自からその抵当権設定登記をしたことが認められる。

田部幸雄は坂井房吉が本件貸金につき連帯保証し、かつ、鎌倉の宅地建物につき抵当権設定を約した旨主張するけれども、これを認定するに足りる証拠はない。

3、従つて、房吉が本件貸金につき連帯保証人となつたとはいえないし、また前記抵当権設定登記義務者たる房吉の意思に基かないでされたものということになる。なお坂井スヱノ、同房利訴訟代理人の「亡房吉が本件貸金中金五〇万円を限度に鎌倉の宅地建物を担保に提供して物上保証人となつた」趣旨の自白の撤回は、この認定事実に照し許されるべきものである。

三、弁済について。

(一)  さくら商事及び坂井広隆はさくら商事が田部幸雄に対して元利金及びその外顧問料毎月一万円宛も含めて別紙第一表のとおり支払済であるから昭和三一年八月一一日には全部弁済できておる筈であり、少くとも昭和三二年一二月末現在においては弁済ずみである旨主張し、田部幸雄が昭和三二年一〇月末日までの月五分の利息金全部及び同年一一月分の利息の内六・七万円の支払を受けたことは同人の自認するところであるが、その余の分についてさくら商事らの主張するとおりの支払があつたかどうかについては、この主張にそう証人谷の証言は信用し難く、他にこれを認定するに足りる的確な証拠がない。そうすると、少くとも昭和三三年一一月末現在において元本の弁済はなかつたことになるわけであつて、このことは成立に争のない甲第一ないし第三号証、同第六ないし第八号証まで及び田部幸雄本人尋問の結果により、さくら商事が昭和三三年一二月一〇日本件貸金相当額の約束手形合計三通を書き替えて振り出し、かつ、五反田の宅地建物につけてある前記所有権移転請求権保全の仮登記を本登記にする白紙委任状も交付しておき、昭和三三年一一月一一日付坂井広隆の印鑑証明書(二通)を交付していることが認められ、従つてさくら商事は当時元本の存在を承認していたと推認されることによつても裏付けられよう。さくら商事らの弁済の主張は採用し難い。

(二)  次にさくら商事及び坂井広隆は現行利息制限法施行(昭和二九年六月一五日)以降法定利率を越える分については無効であり、さくら商事の支払つた利息月五分の金員のうち法定利率年一割五分の超過する部分は本件貸金元本に充当されたものとみるべきであり、その計算をすると別紙第三表のとおり元利ともに支払ずみとなつている旨主張する。

ところで、本件貸金の内当初の二回分(昭和二九年五月四日及び一〇日の各金五〇万円)については旧利息制限法の適用があり、その余の四回分については、新利息制限法が適用され、月五分の利息は新旧いずれの利息制限法の規定する利率をも超過するのであるが、これらがすべて任意に支払われたことは当事者間に争がなく、旧法の適用上このように任意支払済の超過利息については返還請求はできないと解釈するのが相当であり、新法についてもこれと同様に解するのが相当である。けだし、新法第一条第二項には「債務者は、前項の超過部分を任意に支払つたときは、同項の規定にかかわらず、その返還を請求することができない。」と規定し、特に法定利率を超過する利息の天引の場合において新法第二条が天引額が法定利率をこえる場合「その超過部分は元本の支払に充てたものとみなす」旨規定しているにもかかわらず、法定利率を超過する利息の支払の場合については同様の規定を設けていないところからみても、新法の規定は特に旧法の解釈を変更したものとは考えられないからである。これに反するさくら商事らの主張は採用の限りではない。

四、弁済期の約定について。

本件貸金について当初弁済期は確定的に定めてなかつたけれども、貸借の都度さくら商事から田部幸雄宛に貸金相当額の約束手形が振出交付され、元本返済までということで、毎月五分の利息を支払うと共に、約束手形を三〇日又は六〇日毎に書替えて来たことは既に説示したとおりである。そして、前出甲第一号証から第四号証まで、証人谷永太郎の証言の一部と田部幸雄本人尋問の結果によれば、さくら商事から利息の支払が思うようにされないため、田部幸雄は本件貸金の弁済をせまり、坂井広隆及び谷永太郎と交渉の末、さくら商事が昭和三三年一二月一〇日田部幸雄に対し満期日を昭和三四年二月一〇日として本件貸金相当額の約束手形三通を振出交付し、その後約束手形の書替が行われていないことが認められる。この認定に反する証人谷永太郎の証言及び坂井広隆本人尋問の結果の各一部は措借せず、その他この認定を覆す証拠はない。してみれば本件貸金の弁済期はこの約束手形の振出により、昭和三四年二月一〇日とする旨の約束が成立したものというべきである。

五、結論

以上の理由により、田部幸雄のさくら商事及び坂井広隆に対する本件貸金四五〇万円及びこれに対する昭和三三年一月一日以降昭和三四年二月一〇日までの利息とその翌日以降の遅延損害金について新旧両利息制限法の制限範囲内の支払を求める本訴請求は正当であるから認容するが、坂井スヱノ、同房利に対する本訴請求は失当として棄却を免れないのみならず、両名の田部幸雄に対する抵当権設定登記抹消の反訴請求は理由がある。これに反し坂井広隆から原告田部幸雄に対する抵当権設定登記等の抹消を求める反訴請求は失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 三淵嘉子 竜前三郎)

<以下省略>

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